創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

[効果的なコピー作法](2-1-2)

広告には、タブー(禁句)といわれている言葉がいくつもあります。クルマだと、欠陥車、整備不良、廃車(敗者)、手抜き、手ぬかり、酒酔い運転、暴走族、エンスト---一般的には、不良品、負け犬、落選、談合、買収、賄賂、虚偽、醜悪、泥酔、老廃、暗殺、墓場、お化け---などなど。VWの「Lemon」は、このタブー語を真正面からとりあげたから大成功しました。ま、ゲームとして、上記の禁句を逆転させるには、どんな絵をつければいいかを考えてみるのも、日曜日をきびしく過ごす、一策かも。




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(第2章 コピーのプラン 第1節 広告の評価のつづき)


あなたは、この広告のほかに、フォルクスワーゲンの広告をごらんになったことがありますか? 
その広告には、どんなことが書いてありましたか?
また、 どんな写真が使ってありましたか?
このほかにVWの広告をお読みになっていないのでしたら、拙編著『フォルクスワーゲンの広告キヤンペーン』(美術出版社刊 1963)をお読みください。VWのキャンペーンが始まってから1963年春までの、ほとんどの広告を紹介しています。

さて、それらの広告とこの「不良品」の広告とは、どこでつながっていますか?
じつは、 このフォルクスワーゲンの広告は、いままで米国の雑誌に載ったものとしては、13番目にあたります。そしてそのうち、この「不良品」と同じテーマをメインに据えた広告は、10点以上あります。
また、この厳しい検査・すぐれた品質をサブ・テーマとした広告が、やはり10点近くあります。
もちろん、視覚的な表現はまったく異なっていますが。

ご存じのように、フォルクスワーゲンが米国に上陸したのは、1949年です。その前に、技術者たちが送りこまれて、サービス・ステーションが設けられ、「車があってサービス(修理体制)があるのではなく、サービスがなければ車がない---というのが当社の建前です。車に故障が起きたとき、当社独特のパーツがなかったり、修理費が高くつくようでしたら、車の代金をお返しします」
(田口憲一さん『VW世界を征服す』新潮社刊)というPRをやりました。
そして1959年、米国VW社とDDB社とのあいだに取引きが開始されました。
新しいアカウント(取引勘定)が決まると、そのグループの全メンバーがクライアント(依頼主)をたずねて商品についての十分な知識を得るというDDB社のやり方に従い、彼らはドイツのヴォルフスブルクにあるVWの工場で、つぶさに製品を研究しました。


そして、「VWは正直な車である」というセリング・プロポジション selling proposition (販売命題)を決めたのです。
DDB社のバーンバック社長はこういっています(A speach by William Bernbach, AAAA. 1961)。

もし私たちが、「フォルクスワーゲンは正直な車です」という言葉の上に、十分なお金を積むことができたなら、そのお金の重みだけで大衆の心にその文句を焼きつけることができただろうと思います。しかし私たちには、それだけの時間もお金もありませんでした。私たちは、同志クリエイティビティ(creativity)にご登場を願わなければなりませんでした。私たちは、人びとをギョッとさせ、決して忘れられないようなやり方で、私たちの利点を直ちに気づかせなければなりませんでした。これが、クリエイティビティの真の機能です(中略)。
あなたは、 「不良品」という見出しで、ただ1台の車を示しただけの広告を覚えていらっしゃるでしょうか? 車の欠点を摘摘して、いまや伝説にさえなっている広告だということはご存じでしょう。
しかし、これは、それゆえにこそ、これは正直な車であるということを、証明するために使われたのです。というのは、それがドアのどこかに目に見えないいようなカスリ傷があるというので、この車を不良品だといったのは、VWの非情な検査員だったからです。
私たちがただ、 「すべてのVWはきびしい検査をパスしなければなりません」といったと想像してみてください。不良品という一語の見出しのクリエイティブな一撃であらわされたのと同じことを主張するのに、どれほど数多くの広告と、どれほど多額の金がかかるとお思いになりますか?
しかし、読者に語りかけるのは言葉や写真だけではありません。紙面には感じや調子があります。そしてこの2つは、VWの広告で、レイアウトは非常にシンプルでわかり易く、清潔です。活字はクラシックで、装飾的ではなく、コピーの文体は機能的で、直哉です。主語、動詞、目的語です。
正直という私たちのセリング・プロポジションを、できるだけ早く、できるだ強いインパクトで消費者に届かせるために、すべてのことが心理学的にクリエイティブに行なわれています。


これで、「不良品」という広告、そしてこれと同類の広告の目的とするところがおわかりいただけたでしょう。
1つの広告を見た場合、その広告が何を目的として作られているか。その広告とキャンペーン全体とのつながりはどうやってつけてあるか。また、広告主の総体的なマーケテイング戦略とどうつながっているかを判定してからでないと、その広告の評価は下せない、という自明のことを、もう一度確認しておきたかったからです。

広告の目的

しかし、逆にいいますと、この広告評価のやり方は広告のプランニングの手順にもあてはまります。
広告のプランニンクは、広告の目的を決め、その目的を達成するためにもっとも効果的と思われる各種の手法を決めることです。
ここでいう広告の目的とは、ジョン・E・ケネディ John E. Kennedy の「印刷した販売術」つまり, 「売る」ことはありません。「売る」ことは、企業の活動の目的ではあっても、広告の日的というには、あまりに狭義すぎます。「売る広告」としては、通信販売用のカタログがわずかにそれに当たります。
M.ワイズマン Mark Wiseman は、「買いものの下ごしらえをすること」といっています。これも、買い手の側に観点を置いた点はいいとしても、漠然としすぎています。
D.B.ルーカス D. Lucas とS.H.ブリツト S.H.Britt は、「商品やサービスを売ること、あるいは売りやすくすること」といっていますが、これも、一方的すぎます。
広告の目的にはさまざまな種類があってねひと口ではいいきれないはずでする効果的なコピーを書くためには、そのさまざまな種類を心得ていて、それを達成するための手法を用いなければなりません。


広告の目的の種類について、W.ダンはつぎのように分類しています。
(W.S.Dunn "Advertising Copy and Commuication" CAPT.5 Copy objectives, 1956)


1.心理的目的 Psycological objectives
  広告される製品やサービスの新しい使いみち、または新しいアイデアを消費者に教えること。
  製品を消費者がうける大きい利便にむすびつけること。
  その製品を使えば、何かイヤなことがなくなるということを知らせること。
  ひろく認められている人物、またはシンボルに製品を結びつけること。
  消費者が共通にもっている念願、または理想に製品を結びつけること。
  独自なもの、または異常なものに製品をむすぴつけること。
  前に用いられたアイデアやスローガンを消費者に思い出させる。
  その製品やサービスが、どのように基本的欲求を満足させるかを示すこと。
  消費者の無意識欲求を利用すること。
  消費者の態度と戦うこと。


2. 行動的目的 Action objectives
  その使用回数をもっとふやすよう消費者を勧誘すること。
  製品の取り換え回数をふやすため。
  オフ・ンーズソに、消費者がその製品を買うようにすすめること。
  ある製品の代わりに別のものを消費者に使わせること。
  ひとりの人に訴えて、その人から他の人へその製品を買うよう影響さすこと。
  製品の試用を消費者にすすめること。
  消費者がその製品を名指して買いにくるようにすること。
  サンプルその他の提供物の問い合わせをとる。
  人を店へこさせること。


3. インスチチューショナルな目的 Institutional objectives
  会社が公共心に富んでいることを示すこと。
  従業員関係をよくすること。
  株主の会社にたいする信頼を増すこと。
  全社が業界のパイオニアであることを大衆に得心させること。
  従業員を会社に引きつけること。
  会社の製品またはサービスが広範囲こわたることを示すこと。


4.マーケティングの目的 Marketing objectives
  その種の製品にたいする基礎的な需要を刺激する。
  その製品にたいする選択的需要を確立する。
  自社販売員や熱意をもやさせること。
  自社の製品を拡売するように小売店を励ます。
  自社製品を仕入れる小売店をふやす。


これらの目的は、単独で広告の中に提示されることもあれば、いくつか組み合わせて提示されることもあります。


また、M.デポーは広告の目的を定める順序として(注)

(1) 相手のようすを心にえがく。
(2) 製品を中心とした目的か、会社を中心とした目的かを決める。
(3) 広い層を相手とするか、相手を限るかを決める。
(4) 直接に行動をうながすか、間接的な広告にするかを決める。
(5) どんな心理的反応を求めるかを定める。

としています。
(注)M.Devoe "Effective Advertising Copy" Part 3, What is this ad supposed to accomplish?" 1956

■ コピー・プラン


広告の目的を決める企画会議に、つねにコピーライターが出席するとはかぎりません。また、かりに出席したとしても、その発言権が大きいとは限りません。
コピーライターが広告の目的に関係するのは、その人の実力にもよりますが、だいたい、その実施面、つまり制作会議からであると考えた方がよいでしょう。
もっとも、経営者に信頼のあついライターなら、企画会議で彼の意見をつねに採用されたることもありましょう。早く、そうなりたいものです。
しかし、コピーライターは。決定した広告の目的を具体化する役割りについて責任をもつのですから、すべての広告の目的についての知識を所有しており、かつ、それを伝達し、達成するための手法をマスターしていないければなりません。

フォルクスワーゲンの検査は、こんなに何回も行われます。


これらは、私たちの小さな車が、工場で受けなければならない「オッケー」の一部です。
(オッケーとノーを区別するのは簡単。ノーの一つをあなたはすでにご覧になりましたね)
私たちは、ノーというためのものを見つけるだけのために、5,857人もの人間に給料を払っているのです。
それでも、ノーは、ノーです。
ブラジルからの見学者で、屋根がへこんででてきたらどうするのかとお尋ねになった方がありました。
へこみはハンマーでたたき出せますね。
そこで私たちがやったことが、少し驚かせたようです。
ボディを打ち砕いてスクラップ置場へ放り出してしまったのです。
天井の内張りのでき。
ドアの支柱の仕上げ。
最終検査だけとっても、VWは、1票の反対票もなしに342の点検を通過しなければなりません。
50台のうち1台は通過できないでいます。
けれどもあなたは、首尾よく通過した車だけをご覧になっていますよ。


たとえば、フォルクスワーゲン広告、「フォルクスワーゲンの検査は、こんなに何回も行なわれます」を見てください。
これは、「不良品」という広告をさらにわかりやすく表現してみせたものです。VWの広告の
コピー・スーパバイザーであるR・レブンンソン氏の話によると、「VWは同じ広告を2度使わない。なぜなら、その次には、もっといいものができると考えているからだ」(注)といっていますが。
「不良品」のほうは1960年5月18日号の『ライフ』誌に載ったもので、「検査」のほうは1963年8月18日号の『ルック』誌に載ったものだということがわかると、レブンソン氏の言葉もうなづけます。


chuukyuu補】VWビートルのキャンペーンについて、図版入り数冊の本を上梓したのは、もう、30年前後も前のことです。心酔に近い状態だったので、2つのことを見逃がしていました。
1つは、広告のすばらしい効果のせいで、ビートルは、デリバリー(配車)までに発注後4ヶ月待たされていました。その間、注文者に「自分はいい買い物をしたんだ」と信じさせつづける目的を広告がもっていたこと。
も1つは、ビートルの米国でのシェアは、乗用車としては3%から5%の少数派だったこと。多数派だったら?

それはともかく、「フォルクスワーゲンの検査は、こんなに何回も行なわれます」は、見えないものを見せるという、視覚的に置き替え---一種の錯覚を利用しています。それが見事ですね。

こちらは、「Lemon」の検査を、もっと衝撃的なもので見せています。

VWはいつも工場で小さなトラブルに巻きこまれています。


このがらくたは、フォルクスワーゲンになるべく進んでいたときに、石の壁にぶっつけられてしまってできたものです。
きびしい検査員がそうしたのです。
彼らは、生産ラインからチェックした部品を抜き出して、20台分の車、あるいは貨車2両分のスクラップをつくりだしています。
各工程でフォルクスワーゲンを文字通りバラバラにしてしまう検査員が何千人もいるのです。
フェンダーに小さなひっかき疵があれば、彼らに大きな疵つけられてしまいます。
バンパーに小さな切り傷があってもぶっつけられてしまいます。
10人の作業員がやったことを、1人の検査員が台無しにしてしまうのです。そして塗装段階では、1台のVWの点検に8人の検査員があたっています。
とはいえ、この検査の仕事があるのは、作業がルーズに行われているからではないのです。
VWをつくる人たちは、十分に注意してやっています。検査員がそれを完璧に仕上げるのです。

こんなにたくさんの人がフォルクスワーゲンを検査しているんですよ。



あなたの車と新しいフォルクスワーゲンの間にある障害物はたったの二つ。
1,799ドル
そして、1,104人の検査員
値段のほうは、あなたの問題。
すべてのフォルクスワーゲンフォルクスワーゲン工場を出る時に、オッケーをくだす検査員の人数は私たちの問題。
1人の人が私たちの工場の一人前の検査員になつてしまうと(それには3年かかりますが)、彼はちょっと違った人間になつてしまうのです。
つまり彼は、車の製造に関するどんな決定でも、そっくりくつがえしうる権限を手にするのです。
(この写真の中のだれか1人が「ノー」というと、そのフォルクスワーゲンフォルクスワーゲンでなってしまいます)。
VWのどんな部品も、最低3回は検査を受けます。ということは、1台の車が工場からあなたの手に渡るまでには、合計で16,000回の異なった検査を通りぬけなければならないということです)。
いいですか、16,000回ですよ。
こんなふうにして、私たちは1日に平均225台のかぶと虫を失っています。
これで、あなたの注文したフォルクスワーゲンの新車が思ったよりも手間取ったとしても、理由はもう、ご納得いきましたね。
早くつくれないのではないのです。
きちんとつくろうとすれば、そんなに早くはつくれないということです。


ビートル・キャンペーンも10数年目に入った1970年代、VWのクリエイティブ・チームのだれかが、製品のすぐれた品質の訴求に力点を置くようになった---といった意味の発言をしていました。
生産車種が、ラビットとかゴルフなどに広がったので、先行のビートルの広告で、それらの車種にも好印象をおよぼす、検査とか品質を訴求るようになったのでしょう。


明日に続く


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参考『かぶと虫の図版100選』テキスト