創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(154)『コピーライターの歴史』(番外−5-2)

昨日のこのブログをお読みになった方---お仲間のクリエイターにお茶を飲みながら、ケイタイで、メールで「ハサウェイ・シャツを着た男、知ってる?」と問いかけましたか? 小予算で、強烈に記憶に残るキャラクターの一つです。欧米はもとより、アジアでも、気の利いた広告クリエイターなら、あんなキャラクターを創造したいと、探しつづけているはずです。製品を代弁してくれる、ほんとうのキャラクターですからね。その誕生の経緯を、45年前の拙著『効果的なコピー作法』(誠文堂新光社 1963刊)の第7章を3,4回分載します。のこりもいつか。45年たっても内容はほとんど古くなってませんから、あわてることはないのです。


>>『コピーライターの歴史』目次

『効果的にコピー作法』が20年後に復刻されたときの畏友・向井 敏くんのコメントは故・向井 敏くん、ありがとう]←クリック


『効果的なコピー作法』より

コピーライター対調査者との戦いは、どうやら百年戦争
の様相を呈してきました。
しかし、創造性と調査はもほんとうに犬猿の間柄でしょ
うか? 調査はコピーライターにとって手カセ足カセで
しょうか?
いまや、広告界の伝説にすらなっている「ハサウェイ・
シャツ」のキャンペーンは、調査を重視するオグルビー
氏によってつくられたと、いわれていますが、真相は?



ハサウェイの神話

1956年4月21日号の『ニューヨーカー』誌に上の広告が現われたとき、広告界の人たちは「アッ」と驚きました。コピーはおろか銘柄名すら置かれていなかったからです。
「ハサウェイは、ついにやった!」
多くの読者は、拍手を送りました。
「ハサウェイ」というのは、この広告主の名です。銘柄名が広告に記されていなくても、読者には、だれが広告主なのか、すぐ、わかったのです。

というのも、このアイ・パッチ(黒眼帯)をつけた男とはここ6年越しのおなじみだったからです。

もっとも、このアイ・パッチ紳士のほんとうの氏名が、ジョージ・ランゲル男爵だとは知らなかったでしょうが---。
読者たちには、モデルの氏名なんかどうだってよかったのかも知れません。彼らは、このアイ・パッチ紳士を「ハサウェイ・シャツを着た男」(The men in the Hathaway Shirt) と呼びならしていたのですから。

早くも、この記念すべき広告は、"all art、no copy"の広告と名づけられて、二ューヨークADCが主催した第1回のビジュアル・コミュニケーション会議で激賞されました。
が、いま問題にしようとしているのは、広告界の新しい神話となり、かずかずの模倣者を生んだ、「沈黙は金式教訓」の再来の話ではありません。
この広告を創造した、オグルビー・ペソソソ&メイサー(OB&M)代理店の広告哲学です。
OB&M社-・-1948年に設立、社長のダヴィッド・オグルビー氏は英国生まれ、オクスフォード大学を中退した時が、あたかも世界恐慌で職を得ることができなかったので、パリに渡り、マジェスティック・ホテルの見習コックとなって人生勉強をしました。
OB&M社は、1962年度において、全米代理店中, 第21位の扱い高。1962年10月現在の社員数は497人、とくに中西部人とヨーロッパ人が多い、ということは、マジソソ・アベニュー育ちの広告のスレッカラシたちを閉めだしているのです。


調査重視

さて、ハサウエイ・シャツの広告ですが、昨日(2008年7月17日)掲出したハサウェイ・シャツを着た男は、アイ・パッチ紳士誕生ともいえる、このシリーズ最初の広告です。
「100人のトップ・コピーライターとその自選作品集」に、オグルビー氏が自選してもいます。
同時にJ・L・ワトキソス氏が編んだ「偉大な広告100選」にも選抜されていることはご存じのとおり。
オグルビー氏は、 「自選作品集」で、 「この広告掲載料は3,176ドル」と題して、こう記しています。
私はこの広告が好きだ。なぜなら、これがハサウェイを一夜のうちに世界的に有名にしたからだ。これは、ハサウェイがやった初めてのて全国媒体(注・米国では雑誌のこと)向け広告であり、『ニューヨーカー誌』(知識文化人の固定読者が多い週刊誌)だけに、たった3,176ドルのスペース料金で掲載された。こんなわずかな出費が、これほどの大きな結果をもたらそうとは不思議な話しである。

chuukyuuのお茶目セリフ】そんな扱いの小さな媒体費で、よくまあ、男爵の専属契約料がでましたね?


この広告は、ライフ、タイム、フォーチュンなどの記事欄や世界中の新聞の記事面に再録された。また、大小を問わず、多数の広告主模倣されている。デンマークだけでもすでに7つの亜流が発見された。
ブロードウェイやテレビでは絶好のギャグともなった。私たちのアイ・パッチに関するファイルは2冊になり、まだふえつつある。
私たちがモデルにアイ・パッチをつけさせたのは、私の旧師ギャラッブ博士が、とにかくすべてのイラストレーションに「ストーリー・アピール」をもたせよと教えてくれたからである。アイ・パッチでハサウェイを着た男はストーリーをもっている、ということを暗示するつもりであった。
だが、私がおそれたことは--- 絶対に故意にではなかったが、実生活でアイ・パッチをつけなければならない不幸な方々の生活をみじめにはしなかったか、ということである。その方々がハサウェイの生きた広告になってしまったのだから。
この広告を「オーケー」した英雄は、エラートン・ジェッテ---ハサウェイの社長である。じつにありがたい話だが、彼は私たちのコピーを1語たりとも変えないという点で、私がいままでに会ったクライアントの中でただ1人の人である。神に誓ってもいい、まったく一言半句たりともなのである。広告に書かれたとおりに進行した。
ハサウェイの広告かSucces d'estime(成功の評価)を受けていることは、どなたもご存じの事実だ。だが、この広告が非常に多くのシャツを売ったということはあまり知られていない。この2つは、いつも両立するわけではないのだが。
ポール・ラドカイの写真もよかった。アートディレクターのビンセント・ギアコモにも脱帽する。


ワトキンス氏は彼の「100選」で、オグルビー社長の言葉として、 「腹立たしいのはアイ・パッチが、ある広告信者の一派をふるいたたせたことだ。----その一派たち---私には嘆かわしいことだが、彼らの信仰は自意識過剰のビジュアル・ギミックに置かれている。彼らはハード・セリング・コピーをその下に置かなければ、絵だけでは商売にならないということがわかっていないのだ」と語らせています。ギミックというのは、いわゆるトリッキーなやり方のことです。ギミックとか、ガジットの使い方については、別のところで詳述します。
さて、こうしたオグルビー氏の言葉から、2つの問題を引きだして今回のテーマにしましょう。2つというのは、

(1) コビーと調査の関係
(2) なぜ絵の下にハード・セリング・コピーを置かなければならないか、

といういう問題です。
(1)の、コピーと調査の関係というのは、オグルビー氏自身の言葉「私たちがモデルにアイ・パッチをつけさせたのは、私の旧師ギャラップ博士が、とにかくすべてのイラストレーションに『ストーリー ・アピール』をもたせろと教えてくれたからである」にもとづいていす。ギャラップ博士というには、ご存じの調査の権威です。
このオグルビー社長の言葉をフエンして、OB&M社の副社長デビッド・マコール氏が、マーケティング協会のニューヨーク部会で,1960年に「調査はクリエイティビティを禁じるか?」と題するスピーチをしています。
スピーチを要約すると、「調査はクリエイティビティを禁じないばかりか、いつも、持続的に、よいエキサイティングな広告作成の強力な因子である」「いいかえると、調査は事実の探究であり、そして事実はよい広告をつくるための゛材料である」ということに落ちつきます。そして、OB&M社において調査が演じている主要役割を詳述していますが、ハサウェイの広告を引用して、ギャラップ博士やH・ルドルフたちののような人が行なう調査は、新聞雑誌を読む大衆のクセ、テレビを視るクセについての事実を、クリエイティブな人たちに提供してきた。意見ではなく事実を。ヘッドラインにニューズが盛りこまれていると、 二ューズのないヘッドラインよりも高いリーダシップを得る。12語以上のセンテンスは読みにくい。写真の方が絵より注目を集める。エディトリアル・レイアエウトの方がガジットリー・レイアウトやレイアウト・レイアウトしたレイアウトよりも高いリーダシップを得る。
広告に注意をむけた読者の90%がへッドラインとイラストレーション(写真や絵)を見ただけだった。90%の読者は全然コピーを読まないのだ。そこで調査は、ヘッドラインはわかりいい人びとにこう教えている---ヘッドラインに製品名を入れよ、さもないとクライアントの金の90%を浪費することになるのだ、と。

だから、「生粋のクリエイティビティ」の広告といわれたハサウェイの広告に「調査へ完全な敬意を表して」ヘッドラインに銘柄名、絵ではなく写真、ボディ・コピーは シャツのみを説明」したものに仕上げたのだ、というのです。
またアイ・バッチはどこからきたか? を説明して、「ルドルフ博士のストーリー・アピールのあるイラストレーションの方が直截な製品イラストレーションよりも、より多くのリーダーシップを得る、という調査の発見からである、と説明しています。
オグルビー社長はギャラップ博士の教えといい、マコール副社長はルドルフ博士の説といっていますが、今はそんなことはどっちだっていいことにしておきましょう。連名によ調査発表菜衰なのでしょうから。
問題はOB&M社の、調査偏重ともいえる態度です。
>>つづく


chuukyuuのお茶目セリフ】このころ、米国の広告代理店は、ビジネス派、サイエンス派(別名調査派)、アート派に分類できるといわれていた。
クライアントの社長が3派の社長を呼んで「いま何時か?」と訊く。
70%のビジネス派の答え。「何時とお答えすればお気にめしますか?」
25%のサイエンス派。「ちょっと待ってください。グリニチ天文台に電話でといあわせますから」
5%のアート派社長。「あなたの時計を盗んでから、お答えします(つまり、こちらの言いたいほうだい)」

まあもこれは戯画化だが、自社の拠ってたつところを主張するのは、企業としてはとうぜんのPR。サイエンス派のオグルビー氏や同社の人たちが調査の効果を主張するのはとうぜん。「調査は、こう、示しています」という言い分も、クライアント説得の一手段。


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>>ダヴィッド・オグルビー氏のインタヴュー 目次