創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

(261)ハーブ・ルバーリン氏とのインタヴュー(1)

この7月、『アイデア』誌329号ハーブ・ルバーリン氏を含めて数人のアーチスト特集をした。ぼくは、30数年と20数年前に同誌別冊で『ルバーリン個人集』を刊行しており、復刊したいとの希望だったので、快諾しておいた。添えられた編集長からの断り状には、諸般の都合で「この形をとらざるをえなかった」とあった。たぶん、ぼくのときには『エロス』誌や『アヴァン・ギャルド』誌の清刷りページがおくられてきたが、今回は雑誌の現物から撮ることになったからだろうと納得した。どういうわけか、ぼくはルバーリン氏とシルビア夫人に親しくしていただいた。訪米するたびに、ぶらりとアトリエを訪れても、いつも快く応じられた。たとえはわるいが、ニューヨークの伯父、伯母---と勝手におもっていた。東京デザイナー学院(現・東京ビジュアル・アーツ)の初代理事長・安達さんが、ルバーリン氏を招いて日本のグラフィック・デザイナーへスピーチを提供したいと希望したときも、その手続きをすべてとり、京都会場のときは、氏のスピーチ時間中、シルビア夫人を京都見物に案内した。東京会場には、田中一光さん、永井一正さん、石岡瑛子さんらの参会姿もあった。以下は、30数年前におこなったインタヴュー再録。図版類は『アイデア』誌329号でご堪能を。




『エロス』誌のこと


chuukyuu さしつかえなければ、季刊雑誌『エロス』のことから始めたいと思います。編集長のギンズバーグ氏とは、どういうお知り合いなのですか? (写真『エロス』誌第4号表紙。マリリン・モンロー自裁の1週間前の全裸写真掲載。写真家:バート・スターン氏。この号で休刊)


バーリン ある日彼が私のオフィスに入ってきてこう言いました。「新しい雑誌のデザインを引き受けてくれませんか?」そしてその雑誌のことを説明してくれました。そこで私はこう言いました。「デザインを完全にまかせてくれるなら、喜んで引き受けましょう」「いいですよ」と彼。こんなふうにして、彼は私に仕事をまかせてくれました。彼は3人のアートディレクターを選んでいて、その中の1人にその仕事をまかせるつもりでいたのですが、オフィスに入ってきた時、私のやっている仕事を見て、「君がいい」と言ったのです。そんなふうにして知りあいました。



chuukyuu ギンズバーグ氏は米国大審院の「わいせつ」に関する定義のうち、「社会的重要性の全くないものに挑戦しようとして『エロス』誌の刊行を決意した」と聞いていますが、あなたもエディトリアル・アートディレクターとして、彼と同じ考えでしたか?


バーリン 彼がわが国の憲法の一節に挑戦しようとしてあの雑誌をつくったのではないでしょう。非常に高いレベルのエロティックな雑誌をつくる必要があると感じただけのことでしょう。たぶん、『エロス』を出版しようという彼の決意の裏には、あの「わいせつ」に関する一節をテストしたいという気持ちが潜んでいたかもしれません。
というのは彼は言論の自由の大家ですからね。トラブルにまきこまれないでどこまでやれるか見てみたかっただけのことでしょうね。



黄色マジックによる×は、モンロー自身の手による「嫌使用」の意志表示。ルバーリン氏がそのまま誌面に。




chuukyuu 私は、日本に送られてきた『エロス』を手にしてたいへん感激したのを今でも覚えています。この雑誌についての当時の反響は?


バーリン グラフィック的には、あの雑誌は非常に人気を呼んだと思いますが、編集の見地からは、かなりもっとうまくやれる余地が残されていましたね。あの雑誌を気に入らなかった人もいましたが、多くの人に気に入ってもらえました。
あの本を見た人のうちの多くは、編集的な面よりも雑誌のデザイン的な面で感動したように思われます。1963年には、『エロス』はどの雑誌よりもたくさんの賞を得ました。



(Black & White 特集号)


chuukyuu 日本と米国では裁判のルールが違うと思いますが、どのクラスの裁判所で審理され、判決されたのですか。上告もできるのですか?


バーリン 裁判は、いろいろな裁判所で行われました。最初は、フィラデルフィア連邦裁判所で、そこで彼は有罪の判決を言い渡され、それから、控訴院へ控訴しましたが、ここでも有罪でした。さらに最高裁へ持ち込みましたが、またもや有罪。さらに最高裁で再審をしてもらいましたがやはり有罪でした。彼の弁護士がこの判決に関しての法的な抜け穴を見つけ、控訴院へ行きましたが、やはり有罪の判決がおりてしまいました。つい最近、他の控訴院で再審をしてもらいました。彼は、このケースが全面的にドロップされるだろうと確信しています。


chuukyuu あなた自身への判決は?


バーリン 私は、この裁判とは無関係でした。


chuukyuu あの判決をどう思いますか?


バーリン  全くの愚の骨頂だと思いました。米国では、デモクラシーの中で生きるのはひとつの条件になっています。
この判決は、ろくに審理もしないで判事が下した判決だとおもいますよ。この判事は、出廷前にラルフ・ギンスパーグを有罪と決めてしまったのです。これは、わが国の法律および司法システムを25年も昔に引き戻してしまいました。それにこの事件以来、米国内の風潮が変わってきて、今ではエロスよりもずつとエロティックな雑誌がいたるところでみられるありさまですよ。それにこの決定がわいせつということに基づいている以上、だれもこれまでにわいせつの定義を下した者がいなく、その権威者もいないわけですから、この判決に対しても権威はなくなってくると思います。だから絶対に有罪の判決は下すべきではなかったのです。



(Black & White 特集号)


chuukyuu 『エロス』のような雑誌は、今後もう米国では出版されないのでしょうか?


バーリン これからも出版されると思います。今でも発行されていますよ。『イースト・ビレッジ』のほかの誌名は思い出せませんが、数多く出版されています。『エロス』よりもずっとエロティックです。
『アバン・ギャルド』がどんな本かですって? あなたがたはどうお考えかわかりませんが、これは一種の文学的な芸術写真誌であると私は考えます。これらのアデイアを通して社会的な批評をするわけです。この本が「アバン・ギャルド」---すなわち、前衛と呼ばれるのは、すべて新しく、フレッシュで異なっているようなものを載せているからなのです。だが、この雑誌をその名に恥じないものにするのは大変むずかしいことなのです。それだけに、すばらしい雑誌になるものと思います。編集内容を雑誌の外観に恥じないものにするかどうかは私の権限外ですがね。この雑誌のことを真に知るいちばんいい方法は、じかにこの雑誌に手をふれることだと思います。本を見て、自分自身の判断に基づいて、この雑誌を読むべきなのです。新しい『アバン・ギャルド』は『エロス』誌と『ファクト』誌をつきまぜたようなものだと思います。ただこれは、セックスなどの社会のほんの一面ばかりを扱っているのではなく、政治、司法、社会、芸術などの諸問題の中にセックスを置いて扱っているのです。全く普通の芸術誌と呼んでいいと思います。


続く >>
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