(254)『メリー・ウェルズ物語』(29)
いまはドルの評価が下落しているので、100万ドルといっても、具体的にさほど大げさに驚くほどの大金とは思わない人もいよう。戦後から20数年間、固定為替相場時代(1ドル=360円)がつづいていた。海外に渡航する時の持ち出し枠は300ドルに制限されてもいたので、当時の100万ドルは、ぼくたちにとっては、心理的にはいまの10億円にも20億円にも匹敵した。それをポンと企画したのだから、メリーという女性の肝の太さに、まず、感嘆したものだ。
第7章 100万ドルのボーナス(4)
▼全世界の3万5000の従業員に徹底
クック副社長はさらに言葉をつづけた。
「私たちはできるだけ早くこの100万ドルキャンペーンを開始したかったのです。ところがTWAの全従業員---世界中に3万5000人もいるのです---に、このキャンペーンの趣旨を徹底させるために数ヶ月かかってしまったのです。
つまり、8ヶ月もの間、WRGは考えてはいなかったのである。
メリーたちは2ヶ月ばかりでキャンペーン全体の骨組みを仕上げ、TWA側の承認を得ていたのである。
その間メリーは、何回も早くはじめるようにクック副社長をせっついたという。そのたびにクック副社長の「完全を期したい」という考えに拒まれた。
メリーにしてみれば、このキャンペーンのアイデアがどこかから世間に洩れてしまい、それを彼女のせいにされることを恐れたのである。
つまり、プラニフ航空の社長である夫ハーディング・ロレンスとの寝物語にメリーがしゃべってしまったと言われたくなかったのだ。
その点についてメリーはあるところで、「夫のハーディングも私も強くて情熱的な人種なので、家庭内でも意見を戦わせなければならない航空会社(注・ブラニフ)がないほうが、プライベートな関係がスムースにいくと考えたのです」と説明して、私生活では仕事の話をしないようにしていることを証明してみせた。
▼まあまあのキャンベーンと偉大なキャンペーン
先日紹介した、ジェリー・デラ・フェミナ『広告界の殺し屋たち』(誠文堂新光社 1971.4.30)から、フェミナがこのキャンペーンについて語っている部分を抜粋で引用する。
TWAのこのキャンペーンはすばらしかった。親切なTWA従業員への100万ドルのボーナスは、広告予算から出ることになっていた。(略)
WRGがこのキャンペーンをやっているが、これと同じようなキャンペーンが、エイビス・レンタカーにプレゼンテーションされるはずだったのもおもしろい。
もちろん、エイビス側はそのキャンペーンを一度も見ていない。DDBのあるアートディレクターが思いついたのだが、そのアイデアはも広告費を削っても、エイビスの従業員を働かすためにもっとお金を使うというものだった。
ボーナスとかそういったものを考え出した。
だが、そのキャンペーンはエイビスへ提示されなかった。そのアイデアを思いついたアートディレクターがエイビス担当の主任アートディレクターではなかったので採用されなかったのだ。
【chuukyuuサジェッション】
>>エイビスのキャンペーン(1・2・3・4・5・6・7)
>>ポーラ・グリーン夫人とのインタヴュー(1・2・3・4・5・6・7・8・9)
メリー・ウェルズは同じアイデアを思いつき、予算数百万ドルのキャンペーンに仕上げた。
このアイデアは効くはずだ。効かないにしてもすぐれすぎている。すぐれたキャンペーンとしてのすべての要素をそなえている。おもしろいし、すてきなコマーシャルも暗示するし、乗客にTWAの優秀なサービスを期待させる。今度TWAで飛んだら何かいいことがおこりそうな気がするではないか、しかも、従業員がキャンペーンを支援してくれるのだから強い。(略)
従業員にまで共感されるキャンペーンは数少ない。「私たちはあなたに生きていてほしいのです」というモービルのキャンペーンもみんなの共感を呼んだ。
【chuukyuuサジェッション】
>>モービルの「あなたに生きていていただきたい」キャンペーン(1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12・13・14・15・16・17・18・19・20・21・22)
エイビスが「私たちは業界で2位です。だからもっと一所懸命にやります」と宣言した時、エイビスの従業員はうまく応えた。調査によると、ハーツの従業員は元気を失い、萎縮してしまったと。(略)
DDBがエイビスのためにやったことは、長年の間あちこちで使われたコンセプトである。私たちは隣の男よりも大きくはないが、ずっとたくさんのことをやっているというゆつだ。だが、このコンセプトを「私たちは業界で2位です。だからもっと一所懸命にやります」という鮮明な言葉で言い表した者はいなかった。2位という状況に置かれた者はたくさんいるだろうが、このように的確に正面切って言い切った者はいない。これがまあまあのキャンベーンと偉大なキャンペーンの違いであろう。