創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(230)『メリー・ウェルズ物語』(日本経済新聞社 1972年刊)(5)

第3章 「豊かで新鮮な泉」--- 

商品に魅力を与えよ

ブラニフ・インターナショナル航空のスチュワーデスにサイケ模様のタイツをはかせたメリー・ウェルズは、そのことがニュースになると考えた。
彼女の予想は当たった。
人びとはふたたびブラニフの思いきった演出を話題にし、自分の目で確かめてみるためにブラニフのカウンターに殺到した。メリーは胸をはって話した。


「この世の中には、似たり寄ったりの商品が多すぎます。もちろん、そのこと自体は悪いことではありません。だって、技術が進んでいるのですから、技術的なことならすぐに真似され、そうした真似のしあいで商品は向上していくのです。
真似されないもの---それは製造技術面のものではなくって、商品に付加されるプロモーショナルなアイデアだといえましょう」


プロモーショナルなアイデア---平たくいえば、人びとの関心をその商品に引きつけるためのいろいろな仕掛けである。その商品を他と区別させ、際立たせるための工夫である。その商品を買ったほうが他の類似品を買うよりもトクだと消費者に思わせるタネである。ブラニフ航空のコピーを担当したチャールズ・モスは、そこのところをインタヴューでこう説明した。
「メリーはプローモーション的な見方にかなり重点を置いています。私がいた当時のDDBは、広告が最も大切なものであり、それがすべてでした。
でも、ジャック・ティンカー社では、飛行機の胴体を塗るなんてことも起こり得るということを勉強しました。このことは広告に話の種をつくるだけではなく、バブリシティにもなり、したがって、クライアントは使ったお金の10倍ものものを手に入れることになるのです。なぜなら、そのクライアントは、新聞や雑誌の記事で書き立てられるようになるからです。もちろんティンカ一社でやったブラニフ航空の話です」


新聞や雑誌の記事で書きたてられるといっても、悪く書かれたのでは逆効果だ。よく書かれる---あるいはおもしろがられなければならない。そのためには、ただ変わっているとか、無意味な仕掛けであってはならない。消費者のために何らかの点で利益になるアイデアでなければならない。
しかもそれが申し分のないプロモーショナルなアイデアであるためには、ある程度長つづきする工夫である必要がある。
メリーが新しいタイプの広告人として話題になるのは、彼女が美人社長であるからでもなければ、クライアントのブラニフ航空のロレンス社長と結婚したからでもない。広告をつくるという立場をこえて、商品そのものにプロモーショナルな魅力を与えるアイデアを考えだすことが大切であるという広告論を確立したからである。
そして、どうすることが人びとの関心を商品にひきつけることになるかを、コピーライターとして人びとに語りかけ、人びとを説得しているうちに学んだわけで、それが彼女を「偉大なコピーライター」の地位につかせた。
コピーライターという職業は、ただ単に人びとの注意をひきつける文章を書くという職業ではない。人びとが心の奥底で求めているものを的確に言葉にすること、また時代の流れの先端を読んで、きたるべき近未来を呈示してみせることこそコピーライターの真の天職であろう。
そういう意味で、メリーは「真のコピーライター」といえる。

盗まれるジェット機

しかし、人びとが心の底で望んでいるものを商品につけ加えただけでは、仕事は半分も終わっていない。
それを人びとの注意をひきつける広告表現にまで結晶させて呈示しなければならないのである。つまり、「言うべきは何か」をつくりだすとともに、「いかに言うか」を考えだすのである。
メリーとモス、そしてアートを担当したスタン・ドラゴッティがつくり出したブラニフ航空のための【老婦人】とタイトルされたコマーシャル・フィルムは一つは、こうである。

ブラニフ航空の機内---老婦人と隣席に中年男性。
サイケ模様のダービー帽とストッキングのスチュワーデスがキャンディをくばる。
1ヶとってとりあうず座席の肘置きにのせる男性。
老婦人のほうは、トレイいっぱいのキャンディを膝の手提げ袋へ全部落しこむ。
びっくりした表情で、あわてて肘置きのキャンディを取る男性に、にっこりと無邪気な顔を向ける老婦人---この、一見、上品そうな老婦人の選定がうまいから、いやらしさが消されている(ただし、この年代の一部の婦人の傍若無人ぶりは万国共通らしい。老婦人が、あと、何を記念品としてしまいこんだかは、映像で)。
終着空港に到着。降りる乗客たちをやりすごした老婦人は、やおら、上の収納棚から毛布を肩へ。
タラップでは、スチュワーデスが老婦人の荷物に驚くが、「お手伝いいたしましょうか?」
その映像にかぶせて、アナウンス。

「私どもブラニフ・インターナショナル航空は、去年、空の旅を一新いたしました。
みなさんのお気に入っていただけるかどうか心配でしたが---どうやらおに召していただいた方がすこし多すぎるみたいです。
もちろん、私どもは、搭乗記念品あさりに反対はいたしません」

このアナウンスが終わるやいなや、牽引車の運転席のアップ---そしてカメラがズームアウトすると、さっき着陸したばかりのブラニフの水色のジェット機を牽引車で盗んでいる老婦人。その小さな牽引車に引かれていく巨大なジェット機の姿がなんともはや、滑稽なのである。


このラスト・シーンの奇抜なオチに、視聴者は腹をかかえて笑うわけだが、それと同時に、このCMを許したブラニフ航空のスマートさに感心してしまう。
そして、「こんな楽しいCMをつくるぐらいだから、ブラニフ航空で飛ぶ空の旅にはきっと楽しい趣向が凝らされているに違いない」と思い、「よし、つぎの出張には、どうせ同じ運賃なんだから、ブラニフで飛んでみるか」と決心するであろう。
ブラニフ航空の場合、CMの効果はそれで十分にあったのである。というのは、米国の国内線は、いくつもの航空会社が同じ路線を飛んでいる。ニューヨーク=シカゴ間は十数社のジェット機が5分間隔ぐらいに発着している。この場合の広告目標は、他の航空会社のジェット機にではなく、20分待ってもブラニフを選んでもらうことである。
事実は、そのとおりになったという。米国の友人に聞いた話だが、空港で他の航空会社のカウンターはがら空きなのに、ブラニフのカウンターには長い行列ができていて、ブラニフの係員が
「お急ぎでしたら、どうぞ、他の航空会社のジェット機にお変わりください」と呼びかけても、人びとは列から離れなかったのを目撃したという。乗客のもの好きにあきれる以上に、人びとが話題を求める強さに感心する。


続く >>


ブラニフ航空の広告制作のコピーライター---
チャールズ・モス氏とのインタヴュー(1) (2) (3) (了)