創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(220)ディック・リッチ氏とのインタヴュー(臨時割り込み)

      Wells Rich Green 社 共同経営者兼コピー・チーフ(当時)


ウェルズ・リッチ・グリーン(W.R.G)社の創業時(1966)の、ベンソソン&ヘッジズ100のキャンペーンが立ち上げられた時のことを、担当していたパートナーの一人---リチャード・リッチ氏から聞いていました。『メリーウェルズ物語』(日本経済新聞社 1972)に、より詳しい、より長いストーリーを書いているので、転載します。 TV-CMもリッチ氏から手渡されていたのだが、著作権うんぬんの関係で、YouTube できず、おもしろ味を楽しんでもらえなくて残念。

1969年の米国シガレット市場

米国の6大タバコ会社とその1969年におけるシガレット有名銘柄名を列挙してみると[( )内数字は市場占有率の順位]は次のようになる。

・レイノルズ社 --- 32.2% ウィンストン(1)、セーラム(4)、キャメル(5)
アメリカ・タバコ社 --- 19.0% ポール・モール(2)、タレイトン(8)、ラッキー・ストライク(10)
フィリップ・モリス --- 17.0% マールボロ(3)、ベンソン&ヘッジズ100(13)、フィリップ・モリス(20)
・ブラウン&ウィリアムソン社 --- 17.0% クール(6)、パイセロイ(9)、ラレイ(11)
・ロリランド社 --- 8.8% ケント(7)、トルー(17)、オールド・ゴールド(19)
・リゲット&マイヤーズ社 --- 6.0% L&M(12)、ラーク(18)


この年は、上位5銘柄がシガレット全生産量の51%を占めた。上位10銘柄で計算するとなんと75%強にもなる。
ということは、上位10銘柄にランクされている銘柄を数多く販売しているタバコ会社が市場を強く支配しているということだ。
(ちなみに、1970年度の全シガレット市場での占有率は上記社名の後尾の数字)

ベスト10銘柄はここ数年ほとんど動いておらず、わずかな差でL&Mがベスト10入りしたり落ちたりしている程度だ。ということは、米国のシガレット市場に新製品を導入し、上位にランクさせることがいかに困難なことか、局外者のぼくにも容易に想像できる。
それにもかかわらず、6大タバコ会社は、1年に20種類もの新製品をつくりだしてテスト市場に送り込み、あわよくばの僥倖を狙っている。そうしないではいられないのだ。古くからの有名銘柄であるキャメルやラツキー・ストライク、フィリップ・モリスやチェスター・フィールドなどの市場での地位が、年々下がりっぱなしだからである。これらの古顔は、顧客の世代交代とともに、忘れさられていく運命にあるといえる。

人びとが、その名を口にする広告を---

1966年4月----。
メリー・ウェルズがディック・リッチ、スチュアート・グリーンと3人で自分たちの広告代理店ウェルズ・リッチ・グリーン(WRG)社を創立した翌日(1966.4.2)、フィリップ・モリス社が電話で、
「会って話したいのだが---」
と言ってきた。
翌週メリーたちが出向いてみると、フィリップ・モリス社側は新社長ジョゼフ・カルマン3世ほか担当部長連がそろっていて、「あなた方の代理店がシガレットの広告をつくるとしたら、どういう広告をつくりますか?」と質問した。
とっさの答えとしてメリーはこう言った。
「喫煙者は、自分が吸っているシガレットの銘柄でなければならないという理由なんか持っていません。その証拠に、他人からシガレットをすすめられると、ためろらうことなく1本抜き取って火をつけるじゃありませんか。
つまり、その銘柄を買うことに決めたのは、まったくとるに足りないような動機だったのです。友人の誰かが『あれはおいしい』と言ったといった---。
そうですわ。わたくしたちがシガレットの広告をつくるとしたら、その広告が強く印象に残っていて、次の機会にはついそのシガレットの名を口にしてしまうような広告をつくります」
カルマン社長は大きくうなずき、「期待しています」と言っただけで、すべてをメリーにまかせた。
まことにあっけないほど簡単なクライアント獲得の瞬間であった。こうした時につきもののプレゼンテーションも要求もされなかった。
しかもフィリップ・モリス社は、その前年に市場に出した〔ベンソン&ヘッジズ100〕という名の100ミリの超ロングサイズのシガレットのほか、同社のタバコ以外の商品---髭剃り用石鹸のパーマ・シェーブとベルソナというカミソリの刃の広告も依頼してきた。
タバコ会社がトイレタリー製品まで売っているのかと不思議にお思いであろうが、タバコが政府事業となっていた日本と違い、民営の米国では、喫煙が健康に害があるという一般の声が無視できなくなる事態が遠からずくると予想したダバコ会社が、タバコ以外の事業---食品とか化粧品とかの会社を買収している。

タバコが長すぎたら---

メリー・ウェルズが創業2日目には、ベンソン&ヘッジズ100の広告の扱いを獲得したというニュースは、またまたニューヨークの広告界は驚いた。
競争の激しいタバコ業界では、タバコ会社のほうから広告代理店に「うちの製品の広告をつくってもらいたいのだが---」と頭を下げた例はいまだかつてなかったし、ましてや、誕生したばかりの広告代理店に広告をまかせるなんて前代未聞のことだつたからである。
高級料亭〔クラブ21〕では、昼食に集まった広告界の古顔たちが、
「聞いたかね、メリーがフィリップ・モリス社にむ7色のシガレットの発売をすすめたって話---」
ジェット機の胴体のパステル・カラーはいいとしても、7色のシガレットというのはどんなものかね---」
「そのことじゃが、わしの聞いたところでは、メリーの奴、フィリップ・モリスに7色の煙の出るシガレットばどんなものかと言ったということじゃて」
と、嫉妬まじりの悪意の濃い、アイデアのない会話の華を咲かせていた。


(左からグリーン、リッチ、ウェルズ各氏)


そのころ、メリーとリッチとグリーンは、(企業時の)ゴーサム・ホテルの事務所用に借りている4室とは別の部屋にとじこもってアイデアを練っていた。
3人の前には、キングサイズといわれているシガレットよりもさらに1.5cmも長いベンソン&ヘッジズ100が置かれていた。
「ねえ、1cm長いと、4服、5服も長く吸っていられるわねえ」とメリー。
「4服、5服、長く吸っていられたって、長い人生からみればどうってこともないね」とグリーン。
「長い人生のベンソン&ヘッジズ100は---そうだ、あったぞ」とリッチが膝をたたいた。
「ほら、銃殺刑になる前に最後のタバコを吸うだろう。その時、ベンソン&ヘッジズ100なら、4服、5服分長生きできるってわけだ」
「なーんだ」といった表情でメリーとグリーンが顔を見合わせているにもかかわらず、リッチは興奮したように、つぶやきつづけた。
「銃殺されるほうには都合のよい4服、5服でも、刑を執行する側にとっては予定を狂わせる不都合にタバコだよね。不都合なタバコ---と、長すぎて、不都合---と」
リッチのこの言葉で、こんどはメリーが叫んだ。
「それよ。不都合な長さよ。常識破りの長さのタバコ---ってのがアイデアよ。タバコがー長すぎたらどんな不都合が起きるかを考えるのよ」

30センチのホルダー

メリーは、秘書のグレースに長くて細身の婦人用シガレット・ホルダーを10本買ってくるように命じた。「できるだけ長いのを捜すのよ」といい添えた。
グレース秘書が首をかしげたまま、10本のホルダーを持ち帰ってくると、メリーは全社員---といってもまだ10人しかいなかったが、---を集め、火のついていない普通サイズのシガレットをつけたホルダーを渡して、
「2,3日、会社でも家でも、そのホルダーをくわえたまま生活をしてほしいの。そしてどんな状態の時に不便を感じたか、詳細に報告して」と言いつけた。
このメリーのやり方は、実にうまいアイデア開発法だ。
30cmもあるようなシガレット・ホルダーを10cmのベンソン&ヘッジズ100に見立てて特性を強調するとともに、見なれた世界を意識的に新しい視点から見る、いわゆるシネクティクスのゴードン法でいう馴質異化を実践することになったわけである。
メリー自身も細長いホルダーを持ったまま行動した。
こうして集められたロングサイズ・シガレット、ベンソン&ヘッジズ100の不都合を整理して、1本のユーモラスな原案がつくられた。それは、長いためにエレベーターのドアにタバコをはさまれたり、くわえタバコで新聞を読んでいて焦がしまったり---といったシーンを並べたコマーシャルであった。


chuukyuuひとり言ここまでは、すべて、chuukyuuの推理である。
次行からは、記録が公表されている。

メリーたちは、この原案を携えてフィリップ・モリス社に乗り込んだ。広告の扱いが決まってから4週間しか経っていなかった。米国では、新規に広告の扱い代理店に指名されると13週間(1ヶ月)後にキャンペーン企画を提出するのが常識だから、メリーたちのやり方がいかに効率的かひこれでお分かりであろう。
メリーはつねづね、「広告界には真に才能を持った人物は少ない。WRGは自分一人で仕事を処理できない普通人は雇わない」「真に才能がある人がやることは、ほとんどの場合間違いないので、時間とお金を節約してくれる」と言っている。
「実行可能な最少限のスタッフで最高の利益をあげる」ことを目的にしているわけだから、他の広告代理店が13週間かかることの3分の1の4週間でまとめあげてこそ、メリーらしいのである。
「ベンソン&ヘッジズ100の不都合な点」と題するコマーシャルの原案を見たフィリップ・モリス社の社長ジョゼフ・カルマン3世は、
「うーん」
とうなったきり、黙ってしまった。あまりにも大胆なアイデアだったので、咄嗟に判断しかねたのである。その様子をみたメリーは、チータのような瞳にかすかな微笑をただよわせながら言った。
「カルマンさん。あなたはまさか、犬を連れた2人が出会い、お互いに調子のいい歌を歌い始める---といった種類のコマーシャルを私たちに期待なさっていたのではないでしょ?」
「そんなことは期待していません。しかし、このコマーシャルはナンセンスすぎませんか?」
「ナンセンス? 長すぎるシガレットそのものがナンセンスじゃありませんこと?」
「それはそうだが---」
カルマン社長はまたも黙り込んでしまった。
メリーが言った。
「判断の基準は、人びとがこのコマーシャルを楽しく思い出してくれるかどうかです。その点からみると---」
「そう、たしかに印象深いコマーシャルといえますね。よろしい。やりましょう」

街中でコマーシャルのシーンが---

「ベンソン&ヘッジズ100の不都合な点」のコマーシャルは、2週間後に撮影を完了してテレビに流された。
それを見た広告界の古顔たちや才能の乏しい人たちは、
「ついにメリーも気がふれたらしい。商品の長所を強調した広告をつくらないようじゃね---」
とささやきあった。
たしかに、広告のつくり方を解説したどの本を開いても(ただ、1冊だけをのけて)、広告を成功に導くためには、広告する商品なりサービスなりのよい点や他と比べて異なっている点を誇張して表現せよ---と書いている。
商品の不都合な点を強調せよ---とは教えていない。したがってどの広告も自分の長所を数えあげ、飾り立てて主張している。人びとは、広告は自画自賛がつきものと半分あきらめている。だから並たいていの自画自賛には目もくれない。
メリーが目をつけたのは、ここだったのである。広告は自画自賛するもの---と決め込んでいる人びとの裏をかいて、広告する商品を自らの手でからかえば、人びとの注意と関心と興味が集められるとふんだのでる。
結果は---メリーの予想どおりになった。
人びとは「ベンソン&ヘッジズ100の不都合な点」と題した逆手のコマーシャルを話題にし、かつ実際に購入して、超ロングサイズのシガレットだとコマーシャルの不都合なシーンが起きるかどうかを試しはじめた。
オフィスのエレベーターにくわえタバコで乗りわざとドアにはさませて笑いをとる調子者もいれば、バス停留所で何台ものバスをやりすごしながら「1本吸う間に5台もやりすごしたよ」と声高に話す男もでてききた。
コマーシャルのシーンが街中のいたるところで再演されたのである。
1966年には2億2,000万ユニットだった〔ベンソン&ヘッジズ100〕の売り上げが1967年には12億5,000万ユニットと約6倍になり、ベストセラー順位13位に食い込んだ。
古くから馴染みであったフィリップ・モリスがこの年7億8,300万ユニットで順位20位であったことを考えあわすと、WRGのコマーシャルの威力がわかっていただれよう。
フィリップ・モリス社のマーケティング担当役員であるジョン・ランドリーも「広告によって売り上げがこんなに伸びた例は、自分のいままでの経験の中でも初めて---」と手ばなしでメリーたちの才能をほめそやしている。


いいものは、
新しいベンソン&ヘッジズ100は、
ふつうのキングサイズよりも、
ずっと長いのです。
まさしく、グッド・アイデアです。
いいんです。
新しいベンソン&ヘッジズ100メントールは、
ふつうのキングサイズのメントールよりも、
ずっと長いのです。
これまた、グッド・アイデア


【chuukyuuのひとり言】たしかに、広告する製品に「不利益」などという言葉をかぶせるのは、冒険である。しかし、前例があるのだ---しかも、メリー・ウェルズ夫人もディック・リッチ氏も、そのことをDDB時代に身近に見ていた。そう、VWビートルのキャンペーンの中の〔レモン(不良品)〕がそれである。
手品のタネ明かしをすると、そういうことだ。

 (ただ、1冊だけをのけて)---それは、VWビートルのキャンペーンをまとめた『フォルクスワーゲンの広告キャンペーン』(美術出版社 1963)につづくDDB本である。