創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(65)『かぶと虫の図版100選』テキスト(10)


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全米国人の通念に挑戦した「小さいことが理想」

たかが広告ではないか---不朽の名作とは誇大すぎる---という人もあろう。確かに、広告とは、一瞬の生命しか持ち得ないものかもしれない。少なくとも、ピンナップしてまで鑑賞するほどのものではない。
が、「小さいことが理想」は、それが発表された1959年以来、「広告の理想」となった。

ここで『かぶと虫の図版100選』から、ちょっと離れて、数行、その後の私見を述べることをお許しいただきたい。




「広告は商品・サービス」の販売手段である。この定義は疑うべくもなく正しい。
だがここに、人生観という、人間にとってすごく貴重なものがある。宗教もこれに含まれるかもしれない。
「広告の究極は、人の人生観を変えさせるものではないか」
との考えに、「小さいことが理想」を読み返しているうちに到達した。

車というものはつづめていうと、A点からB点へ移動するための道具である。
そのために、見栄をはらず、経済的に、確実に行きつきたかったらVWにしなさい(VWの製品コンセプト)。
人目に大物に見えるように、しかもゆったりとラクに、失費を気にしないで行きたかったら米車にしなさい(米国車の製品コンセプト)。


つまり、どういう人生観によるかで、購買が決まるものがあるということ。


「小さいことが理想」が生まれた瞬間---
VWビートルチームのヘルムート・クローン氏とコピーライターのジュリアン・ケーニグ氏は、『フォーチュン』誌のただ1誌に掲載されるVWの広告をアイデアを練っていた。
時間切れとなり、翌日再開ということで、それぞれ、帰宅。
ケーニグ氏は中央駅から列車で郊外の自宅へ。
前の座席のビジネスマン風が、ビジネス誌を折り曲げて読んでいた。こちら側に見えている記事のタイトルは、「Think big でっかく考えよう。大きいことはいいことだ」と当時流行の考えをすすめたもの。

小さい車の広告を担当していたケーニグ氏は、小さいことは罪悪か、いや、小さいことのほうがメリットもあることもあろう。人生、小さく考えてみよう。

翌朝、ケーニグ氏は「Think small」と書いた紙片をクローン氏へ渡した。本文はあとで仕上げればいい。
クローン氏は、車を小さく、誌面の左上に置いた。

その広告の図版と訳文は↓をクリック
VWビートルの広告キャンペーンを代表する2点




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ジョージ・ロイス氏はこの広告に対して、
「車にとって、〔大きさ〕は欠かせないものであると考えている全米国人の通念に挑戦した、これほど強力なアイデアのある広告は、一生のうち一つ、お目にかかれるかどうか、というほどのものだ。
ロイス以外にも、数多くの広告関係者がこの広告のすばらしさについて言及しているが、当事者の一人であるクローン氏の告白を引用しておく。
「ある時、ぼくたち(クローン氏とケーニグ氏のチーム)は、フォーチュン誌のためのVWの広告をつくらねばならなかった。ただ、フォーチュン誌一誌だけのためのものであった。ある朝、ジュリアンがやってきて、『Think small』という考えを出した」

ほんの数行のこの告白が暗示する創造の世界は広い。
ぼくの想像にも大きな翼をつけてくれる。
まず、「小さいことが理想」という広告が、フォーチュンという経営者向けの雑誌のために作られた点に注目する。米国の経営層たちの常套文句は「大きいことが理想 Think big」である。企業規模を拡大すること、ビジネスの幅をひろげることこそ、彼らの目標だった。しかし、いかなる場合にも大きさを価値の機銃としていいのか---。
ケーニグ氏は価値の転換を試みる。VWという車そのものが。デトロイト流の車についての通念に対する挑戦であった。

『フォーチュン』誌に載ったこの広告が、社会的に大きな反響を呼び起こしたことは、本文(ボディ・コピー)を一部変えて、ライフ誌や『ニューヨーカー』誌といった一般紙へも同じ見出しの広告が載ったことからもうかがえる。
それ以上に、この広告は、評論家やジャーナリストに引用されて、全米国人に大きさに対する価値判断の変更を迫ったのである。

キャンペーン立ち上げ期の広告の一点


フォルクスワーゲンに必要な水は、洗う水だけ。


車のエンジンは、すべて冷やさなければなりません。が、どのようにしてかといいますと、在来の車は水で、VWのエンジンは空気で冷やすのです。
その恩恵たるや驚くべきものがあります。考えていただければわかります。あなたのちVWは夏に沸騰したり、冬に凍結したりしないのです。空気が沸騰したり凍結したりするはずはないのですから。
不凍液もいりません。ラジエーターについてのごたごたともお別れ。要すれに、ラジエーターがないのです。
真夏の交通地獄にも、あなたのVWは悠然たるものです。他の車や人びとがカッカッしてしまっているというのに。
〔剛勇〕VWエンジンはほかの点でもユニークです。エンジンが後ろにあるということは、よりすぐれた牽引力をもっていることになります(ぬかるみ、砂地、氷原、雪道など、ほかの車がすべってしまうところでもVWはすすみます)。また、アルミ・マグネシウム合金で鋳造してあるので、重量を軽減し、効率が高くなっています。あなたのVWは1ℓあたり、普通の運転、普通のガソリンで13kmはラクに走ります。
しかも、次の交換時期までオイルを必要とすることはないでしょう。




The only water a Volkswagen need is the water you wash it with.


All car engines must be cooled. But how? Conventional cars are cooled by water. The
Volkswagen engine is cooled by air.
The advantages are astonishing, when you think about it. Your Volkswagen cannot boil over in summer or freeze in winter, since air neither boils nor freezes.
You need no anti-freeze. You have no radiator problems. In fact, you have no radiator.
In midsummer traffic jams, your VW can idle indefinitely, while other cars and tempers boil.
The doughty Volkswagen engine is unique in still other ways. Its location in the rear
means better traction (in mud, sand, ice, snow, where other cars skid, you go). And since it is cast of aluminum-magnesium alloys, you save
weight and increase efficiency. Your VW delivers an honest 32 miles to the gallon
regular driving, regular gas.
And you will probably never need oil between changes.


>>(11)に続く。