創造と環境

コピーライター西尾忠久の1960年代を中心としたアメリカ広告のアーカイブ

(11)ロバート・レブンソン(追補)


ボブ(ロバート)・レブンソン氏が「話しあいの時間が足りなくってごめんなさい。社内報『DDBニュース』(1968年6月)に載ったインタヴューの記録があるので参考にしてください」と渡してくれた、サンドラ・カール編集長との一問一答。『DDBドキュメント』(誠文堂新光社ブレーン・ブックス 1970.11.10)にも収録しているが、ここに再録。


「はじめ、英語の教師になるおつもりだったそうですね」


ボブ「ええ。英語の教師になるつもりで、長い間学校に通っていたんですよ。ところが、学友を眺めまわしてみると、毎日々々同じ背広に同じ安っぽい靴をはいているのに気がついて、当時着ていた背広を着っぱなしでは、自分は、一生やっていけそうもないって、決断をくだしたんです」


「で、広告界にお入りになった、その動機は?」


ボブニューヨーク・タイムズ紙の求人広告欄をしらみつぶしに探しつづけて、やっと自分にできそうなのを見つけ、応募して、仕事にありつきました」


「コピーライターとして?」


ボブ「いいえ。コピーライターとしてじゃありません。もっと幅広いものでした。コピーを書くとてうような仕事もありましたがね。
けれど、いまDDBでコピーを書いているような意味でのコピーライターではありませんでした。
ダイレクト・メール広告だったんですが、生活が一か八か、直接左右されるようなものでしたね。2〜3%の返信を受けるか…郵送でやったものとしてはこの数字は上々なんですが…さもなくばなんにもなしというわけです。


で、もし、返信がなにもなければ、自分自身でなぜそうなったかをよく反省しなければなりません。もちろん、ボスが、なぜそうなったかを、聞きいてくるようなことがない場合ですよ。ぼくに対する恩恵は、礼儀ぬきのクビでした。


その後は、DDBで働きたいがために、10カ月ほど失業保険で暮らしました。でも、DDBは雇ってくれない。


実のことをいいまますと、DDBで働きたいとおもったのは、クビになる前のことなんです。
それは、タイムズ紙を開いてELALイスラエル航空の『ひきさかれた大西洋』の広告を見た時です。


【訳文】
12月23日を期して、大西洋は20%小さくなります

12月23日に就航するブリストル・ブリタイア号にご期待ください。
大西洋を横断する最初のジェット機です。ELALイスラエル航空


『これはとてつもなくスマートだ。この会社で、きっと仕事をして見せるぞ』っていいましたね。
それで応募したのです。でも、雇ってくれようとはしませんでした。何度も何度も応募して、最後には彼らを疲れ果てさせちゃって、1959年に雇ってもらうことになりました。


以来、ずっとここにいますから、実際には、ライターとして広告代理店で働いたのは、一度だけということになりますね」


「どのくらいお書きになってますか?」


ボブ「ここでは、全然書いてません。前には書きましたが」


「広告は書いてないんですか?」


ボブ「広告は書いてますよ。でも、この建物の中じゃ書かないというわけです」


「いつ書くんですか?」


ボブ「夜だとか、週末だとか、通勤の列車の中でですね。列車にはたったの35分しか乗らないんですが、事故やら、うまい具合に20分遅れなんかを、頼みにするわけです」


問い「コピーライターとアートディレクターによるチーム・セッションの神秘的な雰囲気をこわしてしまうようなことをおっしゃる…」


ボブ「どういたしまして。家や列車の中、いろんなところでコピーを書くのは、アートディレクターとコンセプトについてできるだけの時間を使おうという理由からなんです。
会社ではテレビ・コマーシャルのストーリーボードをつくります。そして磨きをかけたり、訂正したりする仕事がいっぱいあるんです。
封筒の裏にちょこちょこと書きとめておいて、オフィスに入るとタイプして、それでしあげるんです。


すべてがぴったり合うことは稀ですね。いつでもきつすぎたりゆるすぎたり…行や、未亡人(ウイドー)が出ちゃって…」


問い「未亡人って?」


ボブ「行の途中終わる、余白のことです。この未亡人をうまく入れようと試みるわけです」


「なぜ?」


ボブ「コピーをより読みやすくし、目をとらえやすくするためです」


「そういう具合に、なかなかいかないってわけですか?」


ボブ「そうですとも。広告にあるすべてのもの、タイプされたすべての行、すべての言葉、すべての写真、その写真のアングル、ライトのあて方などが関連しあうはずだし、それらは誰かに何かをやらせようと試みるための方向つけをもっているわけですから。」


「あなたのコピーは、報じるというより、語りかける感じですね。読んでいても、まるで耳で聞いているような感じにとらわれます」


ボブ「ありがとう。コピーライターが行き詰まったときなんか、こう助言するんです。『親愛なるフレッド』って調子で書き初めてごらんって。『親愛なるフレッド』で終わることだってOKを受ける見込み充分ですよ。
すこしばかり、回り道かもしれません。でも、多分、どんなミスでも消しゴムで直せちゃうでしょう? Mもし、フレッドが、たいていの人と同じように、聡明な人物でも、たまたまあなたが話しかけていることについては何も知らない人物と過程してみれば、これはなかなかいい方法ですよ。
そうするには、その話題がなんであるか、彼に何をしてもらいたいと思っているか教えてやらなければならないし、私たちがふだんよくやっているように、礼儀正しくさようならも言わなくっちゃいけない、たとえそれでも問題は出てきますがね。


たいていのコピーライターは、広告の最後に『クリチック』をつけるのは絶対欠かせないことだと思っています」


「えっ、『クリチック』って?」


ボブ「イディッシュ(注:中部ヨーロラブ語の混合語)です。すべてのものを包みこんでしまうような、笑いを含んだ小さなカプセルのことです」


「綴りは?」


ボブ「綴りなんてありません」


「……。コピーライターがどうしても犯してはならないことってなにでしょう?」


ボブ「こしらえもののおもしろさをもてあそぶこと…広告するそのもの自体から引きだしたおもしろさじゃなきゃね」


「コピーライターの最大の刺激はなんでしょう?」


ボブ「雑誌を読んでいていちばん簡単にやれることは、指をなめて、ページをめくることですよね。印刷物の場合、人びとに指をなめてページをめくるのをやめさせること、それが仕事です。テレビでも問題は同じですね。人びとは、コマーシャル・タイムにはトイレへ行きたがるものです。人びとに、自分自身の時間にトイレに行かせ、皿を洗わせるようにしむける、これが挑戦です」


問い「コピーライターであることを楽しんでいらっしゃいますか?」


ボブ「もちろんですとも。楽しんでなきゃ、やってないでしょうよ。ずい分きつい仕事ですからね。報酬を受けることも楽しんでますよ。


でも、書いていることだけを楽しんでいるわけじゃ、ありません。
新しい製品の仕事をして、成長してゆくのを見守ること、人びとが成長かるのを見守るこ、代理店が成長するのを見守ることです。


コピーライターであり、アートディレクターであり、法律家であり、論客であり、ビジネスマンでもあり、精神異常者でもなければならないのです」