創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

(5)バーンバック氏、DDBの環境を語る(その2)

社内報『DDBニュース』1969年7月号に掲載された同誌編集長サンドラ・カール夫人とのインタヴューを、許可を得て『DDBドキュメント』(誠文堂新光社 1970.11.10)へ翻訳収録したものの後半部です。


>>バーンバック氏、DDBの環境を語る(その1)はこちらから

才能の開花の瞬間を見る喜び


「クリエイティビティでは、DDBが得ているような成長をずっと続けさすことはできない…と予言したカサンドラ(偽預言者)たちがずいぶんいましたね。」


バーンバック「それは規模の問題ではないのでしてね。もちろん、大きくなるにつれて困難にはなってきます。
というのは、従業員の回りで起きることは、マネジメントと彼らとの関係の結果によるものであって、従業員の数が多くなればなるほど、自然に彼らとの個人的な関係を持つことがむずかしくなってきますからね。それは当然なことでしょう。


しかし、適切な人間がそこにおり、マネジメントが従業員とその仕事の質とに深い関心を寄せ続けること、それこそが問題なのであって、規模には関係ありません。


今年の賞を参照していただけばわかりますが、DDBはアンディでも最多の賞を受けていますし、AIGAでもナンバーワン、そしてスターチ社の調査でもナンバーワンなのです。創業から20年を経ているのに、これは驚異的なことです。
そこでもじっていえば、『何かきっとあるんですよ』(注・DDBがつくったラインコールド・ビールの名文句「ニューヨークでナンバーワンの売れ行き。どうしてなのかわかりません。何かきっとあるんですよ」のもじり)


「若い人材の在庫が尽きてしまったとお感じになったことはありませんか?」


バーンバック「そんなことはありませんよ。現在でも私たちの代理店にはクリエイティブ分野の巨人が数人いますが、彼らとて最初は巨人ではなかったのです。そうなるまでには、1年、あるいはそれ以上の歳月を要した人も中にはいます。


しかし、そういう芽がその人の中にあり(私たちは、そういう人びとを入念に選び抜いています)、そして彼らが私たちの見解で保護され、働き、磨かれているうちに、そうなっていくのです。
ある日突然(まさしくある日突然という形容が ぴったりなほど)、巨人となるのです。 それを見るのは、私にとっても、とてもスリリングな経験です。


アートディレクターが、そのコツをつかむのは、彼が、彼の広告が見映えがするかどうかなどと思いめぐらすのをやめて、それが広告としてどのようにすぐれているか、どのように得心の行くものがあるか、どのように説得力のあるものかという目で、コピーなりグラフィックなりを見るようになったときだと思います。
時がどんどん流れ、1年を過ぎ…あるいはもっと過ぎて行くうちに、ある日キャンペーンをやっていて、彼が熟してきたのを見て、オーケー、やっと到達した、そこだよ…というのです。


こういうふうになれる人の割合は、ほかの代理店がもうすでに出来上がった人びとを求めているのに、私たちはわざわざ若い人を採り、養成するそのやり方が正しいと感じているぐらいですから、私たちにいわせれば、はるかに高いといえます」

DDBが売ってきたのは…


「最近、英国の広告業界誌に、英国のある広告人が、米国の数多くの代理店を歴訪したけれど、DDB以外には個性のあるところはなかった、と書いていました。その人によると、あなたがDDB内をぶらぶら歩いていて無作為に人びとに話しかけているのを見ると、まるで一人の人間が話しているように見えるというのです。
バーンバックは、彼の部下を洗脳してしまったので、彼らは一つの言葉で話している』といってます。これについてのご意見は?」


バーンバック「その『洗脳』という言葉は、明らかに間違っています。だれにもかれにも、自分がしてほしいと思うようにさせるなんことは恐ろしいことです。 人間にはそれぞれ独特の才能があるはずです。


DDBの中で、とてももないユーモアのセンスを生得的に持っているアートディレクターもいます。また、人間に対して非常に暖かみと哀れみを覚えており、それが彼の仕事にもよく現れている人もいます。
そうかと思うと、ほとんど数学的といえるほどの明快さと鋭さ、強さを持った人もいます。


私がクリエイティブ部門の人びとに望むことは、彼のものである(私のでなく、彼の)才能を取り上げ、そしてほんとうに人間好きで人を尊敬できるなら、彼ら自身の(私のでなく、彼らの)イメージを尊重し、天性の才能をできるかぎり効果的に発揮するように鋭く訓練してゆくことです。


ですから、DDBの仕事にはこのようにヴァラエティがあるのです。スターチ社の調査に見られるように、私たちの広告がどの商品カテゴリーにも顔を出しているのもそのためです。
私たちはお高くとまった広告だけとか、コピーの短い広告だけとか、コピーの長い広告だけとかいった、一つのスタイルの広告をやっていません。
DDBの広告をつくり出しているのは何かと聞かれても、私たちには特定の公式はないのです。


私たちは公式など全く持ち合わせておりません。私たちの広告に見られる公分母はただ一つ、どの広告にも新鮮なアイデアがあるということだけです。
私たちは、ストーリーを新鮮で独創的な方法で表現します。新鮮ということでしたら、いろいろな方向でできるはずです。
私たちは、だにもルールを当てはめません。ただ、自然に浮かんできたものを、効果的にやってもらいたいだけです。
だから、彼らは自分たち自身のやり方でやっています。もちろん、効きめがあるようにと鋭く訓練されたやり方でやっているのですが…」


「この分野で伝説的な人物になることについて…」


バーンバック「困ったな…」


「いいです。それでは、この代理店がそうなることに対しては?」


バーンバック「もちろん、私たちが最高の頂に登りつめることができた代理店をつくり、それがビジネスとしてもクリエイティブな面からもこのような成功をもたらしたという感じは、とてもいいものです。私たちは、この代理店の個性を変えようとしたことは一度もありません。


最初から、私および私のパートナーは、代理店の重要な機能は、偉大な広告をつくることであり、その他の機能は、これを助けるものであるという見解に立ってこの代理店をいつも売ろうという点で、意見が一致していました。


DDBには、この業界最高のメディア部門、マーケティング部門、リサーチ部門があります。でも、私たちは一度もそれらを売ろうと思ったことはありません。


私たちは、よい広告をつくる能力だけを売ることに専念してきました。よりよいメディア、マーケティングマーチャンダイジング、リサーチ部門があったお蔭で、より高いクリエイティブな仕事をすることができました。
クリエイティブ部門の人たちが、そのお陰で訓練されたのです。
クリエイティブ部門の人たちが、健全なアイデアへと飛躍するのに必要なインフォメーションと知識を、それらの部門が提供してくれるのです」(了)