創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

01-04 最初はブリタニカのために書いた

バーンバック氏のことを、大変なはにかみ屋さんと申しました。50幾歳の人をつかまえて、はにかみ屋さんというのも妙な言い方ですが、これはじつは、DDBのある幹部の表現なのです。

「ビル(注・バーンバック氏の愛称)って、自分のこととなると、ほとんど話さない人なんです。ビルの息子さんが結婚したって事実を、私たち幹部ですら、半年後にふと知って驚いちゃったぐらいですもの。自分のこととなると、はにかんじゃって話せなくなるのね」

じつのところ、私も犠牲者の一人です。バーンバック氏が中心の会社であるDDBを調べるためには、バーンバック氏自身の生い立ちやら人生上の経験やらもうんと知っておいたほうが、何かと便利です。ところが、どんなに努力してみても、わずかな点的事実しか公にされていないのです。

氏は、あるところで、こういっています。

「私は、むかしの『タイムズ』のインタビューを憶えています。インタビューアーが、小説家だったか短編作家だったかにきいているものでしたが、そこで彼はこんな質問を発していました。
『あなたは朝何時に起きますか?朝食にはなにを召し上がりますか?何時に仕事をはじめますか?』
そして、いわんとするところのすべては、もしあなたが朝6時半にコーンフレークスを食べ、それから散歩をし、つぎにうたたねをし、それから仕事をはじめ、昼でやめるならば、あなたもまた偉大な作家にちがいない、というものでした。」(注・東京コピーライターズクラブ編『5人の広告作家』誠文堂新光社
つまり、個人的な経歴や習癖なんてものは、創造という仕事そのものとはたいして関係がない、とでも主張しているようです。

その人が過去の自慢話をするようになったら、老化が始まった証拠だ・・・という説もありますから、まあ、今のところは、50幾歳にして彼はまだ若い、ということにでもしておきましょうか。

バーンバック氏の潔癖すぎるといえるほどの私生活隠蔽にもかかわらず、次の事実だけは並べることができます。

(いまでは、 http://www.ciadvertising.org/studies/student/98_fall/theory/weirtz/william.htm などで、ある程度知れます)。

こうして並べてみても、ゆりかごの中で詩をつくったヴォルテールほどではないとしても、9歳でベアトリーチェに詩を書いて送ったというダンテや、少年時代にラテン語のコンクールで第一席になったランボーなどが持っている、伝記作家向きの事件はどこにもありません。