創造と環境

コピーライター西尾忠久による1960年〜70年代アメリカ広告のアーカイブ

2010-04-01から1ヶ月間の記事一覧

(605)DDB30周年にバーンバックさんが語る(まとめ編)

書庫の隅から30年前---1979年9月25日と10月10日号の『日米コピーサービス』が出てきた。月2回刊のこの手づくり同然だった啓蒙雑誌を知っている人は広告クリエイターでも、もう、ほんの数人だろう。20年ほど前に廃刊になった。当時、年間購読料が6万2…

Mr.Bernbach talked for 25 years of DDB

"DDB NEWS", JUNE issue 1974 INTERVIEWER: At what point did you realize that' the agency you and Ned and Mac started was going to be successful? BERNBACH : Well I think we knew it before we opened, because we had a concept that we strongly …

(604)DDB25周年にバーンバックさん、才能の発見を語る(まとめ編)

昨日---今日---明日と、3日連続で、DDBの創業20周年、25周年、30周年にあたる6月号の『DDBニュース』に載ったバーンバックさんのインタビューを連載しています。 DDBは、36年前の1974年6月1日に創業25周年を祝いました。クリエイ…

Mr. Bernbach talk about the atmosphere of DDB on the DDB's 20 anniversary.

on "DDB NEWS" June issue 1969 A Conversation with William(Bill) Bernbach President Doyle Dane Bernbach, Inc. INTERVIEWER: Since DDB became successful, many other agencies have started, almost invariably as creative agencies, and almost inv…

(603)DDB20周年にバーンバックさん、DDBの環境を語る(つなぎ編)

・ 今日から3日間連続で、DDBの創業20周年、25周年、30周年にあたる6月号の『DDBニュース』に載ったバーンバックさんのインタビューを連載します。・ ★ ★ ★ バーンバックさん、DDBの環境を語る 3年以上も前、このブログの始めたころに、2日…

(602)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(12)

西尾さんがDDBと出会ったいきさつについて 何で、DDBをやったのかと思うでしょ。 ほくは、サンヨー電機の宣伝部にいたんです。 7年ぐらいいたのかな。 本社は大阪市の北の守口市。松下、いまのパナソニックの隣。 宣伝・広告・販促費は松下が10あって…

(601)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(11)

ちょっと、横道にそれます。 といっても、もともとが「道草」というコーナーだからではありません。 TCCでのスピーチは、このあたりで時間切れになりそうだったのです。 さっき(このブログでは昨日)アップした「レモン 不良品」というへッドラインの広…

(600)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(10)

【再録】 2009年10月20日に開かれた、西尾忠久さんを囲む会。 DDBの黄金期をリアルタイムで体験した世代の方から、 いまなお色あせないクリエイティブ作法を学ぼうという若手の方まで、 たくさんの人で会場はにぎわいました。 梶原正弘さんを聞き手として…

(599)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(9)

【4月16日掲出の前文の再録】2009年10月20日に開かれた、西尾忠久さんを囲む会。 DDBの黄金期をリアルタイムで体験した世代の方から、いまなお色あせないクリエイティブ作法を学ぼうという若手の方まで、 たくさんの人で会場はにぎわいました。 梶原正弘…

(598)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(8)

【4月16日分の前書きを再録】 2009年10月20日に開かれた、西尾忠久さんを囲む会。 DDBの黄金期をリアルタイムで体験した世代の方から、 いまなお色あせないクリエイティブ作法を学ぼうという若手の方まで、 たくさんの人で会場はにぎわいました。 梶原…

(597)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(7)

・ モービルの安全運転キャンペーンの昨日のつづき】 あなたがドライブしているときの、精神状態は、 こんな感じと。 「ひどく緊張した時、ドライブがほぐしてくれます」 どれほど多くのドライバーが、その緊張ほぐしとやらのために毎日死亡しているか、誰も…

(596)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(6)

【4月16日分の前書きを再録】2009年10月20日に開かれた、西尾忠久さんを囲む会。 DDBの黄金期をリアルタイムで体験した世代の方から、 いまなお色あせないクリエイティブ作法を学ぼうという若手の方まで、 たくさんの人で会場はにぎわいました。梶原正弘…

(595)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(5)

【エイビスのつづき】 これが、すごい。No.2イズムというのが出てきたわけです。 No.2主義 エイビスのマニフェストって、 これは共産党宣言のもじりなんです No.2主義 エイビス宣言 私たちは、レンタカー業界で、巨人の後塵を拝しています。 なかんずく、…

(594)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(4)

DDBにとって、フォルクスワーゲンの次に プレステイジ・クライアントとなったエイビスの事例 その1。 ぼくは、ビートルよりこっちのほうが上だと思っているんです。 エイビスというレンタカーの会社の広告です。 いまから40年前ですから、当時は日本にレン…

(593)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(3)

【昨日からのつづき】日本の広告とアメリカのDDBがつくった広告の違いについて。 では、日本の広告とアメリカのDDBがつくった広告と どう違うのかというのを、これから具体的に話します。 DDBという会社は1949年、ですから、 戦争が終って4年後に…

(592)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(2)

【昨日のつづき】インカム革命の流れで、DDB出身のクリエイター、 メリー・ウェルズの話題に。 広告界きっての美人といわれていたメリー・ウェルズです。 彼女はDDBから出て行って、ジャック・ディンカーという 会社に行って大成功して独立し、 ウェルズ・…

(591)東京コピーライターズクラブ・ハウスでのスピーチ(1)

2009年10月20日に開かれた、西尾忠久さんを囲む会。 DDBの黄金期をリアルタイムで体験した世代の方から、 いまなお色あせないクリエイティブ作法を学ぼうという若手の方まで、 たくさんの人で会場はにぎわいました。 梶原正弘さんを聞き手として、クリエ…

(314)フランス政府観光局の広告(おまけ)

これは、『ニューヨーカー』に掲載された広告ではありません。現物が手元から失せているところからの推察ですが、定型のポケット・ファイルに入りきらなかった---つまり、『ライフ』か『ルック』に出稿されていたんでしょう。したがって原文もつけられません…

(313)フランス政府観光局の広告(22)

・ [ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 そう、たしかに記憶にありますね。 同じ絵柄の写真、2010年3月29日の当ブログでは、 「次の休暇には、いのちの洗たくを。」←クリックというヘッドラインを添えました。掲載号は1961.02.04でした。 2度目の掲…

(312)フランス政府観光局の広告(21)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 普通の住人の表情を、招客の中心にすえた広告が、これまであったでしょうか? 会話をすすめてもいます。高級クラス・マガジン『ニューヨーカー』を定期購読している家庭なら、フランス語の片言以上のものが会話できると…

(311)フランス政府観光局の広告(20)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 このクリエイター---つまり、コピーのメリー・ウェルズ夫人とA/Dのビル・トウビン氏、そして写真のエリオット・アーウィツ氏たち、媒体は『ニューヨーカー』。 ウェルズ夫人のこのときの住まいはマンハッタンのイースト側…

(310)フランス政府観光局の広告(19)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 45年前、正面切ってのリピーター作戦は、おへそ、ちらりではじめたが、さて、男客、女客のどちらが多かったか。 そのころ、フランスでは、地中海沿岸---ラングドック・ルションのリゾート地開発計画がすすめられていた…

(309)フランス政府観光局の広告(18)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 これまでの編集ページ・スタイルからがらりと変わり、分散ピクチャー、ロング・コピー---いうなれば編集レイアウトの一種---パノラマ・スタイルをとることにより、記事の真実味をより強めています。と同時に、視覚的にも旅…

(308)フランス政府観光局の広告(17)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 サン・ルイ島のレストラン〔オーランジュ〕へ行ったことは覚えています。夕餉でしたから猫のガスパールは見かけなかったかわりに、〔オーランジュ〕の給仕人はすべて細っそりとした美男子で、耳元に口を寄せてまるで睦言…

(306)フランス政府観光局の広告(16)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 ボディ・コピーに、2つのキー・ワードが埋めこまれている。「これまで(米国人)旅行者が行ったことのない村」と「たくさんの芸術家がはるばるここを見にやってくる」がそれ。 とくに後者は、現代のリタイヤ・デジカメ…

(305)フランス政府観光局の広告(15)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 ひとつの時代を象徴する女性---いつの時代にもあらわれる。男の熱情がそれを聖火のようにつたえていくのである。「愛の聖火」と呼んでみよう。順番なんか問題ではない。参加することに意義があったのである。 ■ □ ■ ス…

(305)フランス政府観光局の広告(14)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 結婚式を厳粛よりもアトラクティブ、質素よりも浪費的---セレモニー産業が次々と珍案を提示しています。それまで戦い合っていた異人種間で姫と若殿を交換するわけでもないのだから、フランスの田舎式を見習っては? お若…

(304)フランス政府観光局の広告(13)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 旅をして教えられた友人のひとりに 、故・藤井康男氏(前・竜角散社長)がいた。大学ノートにリーフレットや食堂の紙ナプキン、ワインのラベルまで貼っていた。たしかに、あとで「あれはなんという銘柄だったか」と悩ま…

(303)フランス政府観光局の広告(12)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 フランスの警世学者シーグフリートの『現代』の[遊覧旅行の時代]にこんな文章がありました。計画を立てた大衆の旅行は、法律によって保証されて閑暇の一般化のお陰がなければ、とうていこのような異常な発展をとげる…

(302)フランス政府観光局の広告(11)

[ニューヨーカー・アーカイブ]を参照 フランスにはかつて20回ほど足を運び、パリからコート・ダジュールまでドライブしたり、メグレ警視が生まれたことになっている片田舎---この広告シリーズにも登場もしないフレイ・ル・フレジル城館なんてのも取材しまし…