2008-09-01から1ヶ月間の記事一覧
少数の常連の方々から、身にあまるほど、たくさんの★★★をいただいていますが、その30倍から50倍の方は、せっかくアクセスしてくださっても、おはげましの痕跡をお残しにならないので、不安もちょっぴり高まってきています。「やはり、45年前の思案は、もう参…
こういう形式的なことが好きなコピーライターは多くはありません。「そんなことは、きちんと頭の中にしまってあるよ」って言いがちです。が、新しいチームに仕事をゆずりわたすことだったあります。あなたが有能であればあるほど、次の仕事が期待されるので…
広告には、タブー(禁句)といわれている言葉がいくつもあります。クルマだと、欠陥車、整備不良、廃車(敗者)、手抜き、手ぬかり、酒酔い運転、暴走族、エンスト---一般的には、不良品、負け犬、落選、談合、買収、賄賂、虚偽、醜悪、泥酔、老廃、暗殺、墓…
しょっぱなにも書きましたが、46年前、chukyuuが32歳から33歳のときに忖度した結果のものです。ま、46年後のいま読みかえして、幼さは感じますが、古さはさほどに覚えないといったら手前味噌でしょうか。あと、20年後に読み返すとどうかな---と苦…
いつ頃から、「キャッチ・コピー」という奇妙な和製英語が流行ることになったのか。最近では、記者が新聞記事の中でも、広告の「決め言葉(キャッチ・フレイズ)」をさして使うようになってきている。嫌な造語だ。察するに、印刷媒体のそれにはヘッドライン(…
故・向井 敏くんは[雌伏20年]の中で英才、駿馬、傑物、才媛が輩出した1960年代の米国広告界を「黄金の10年 Golden Decade」と凝縮してみせました。『効果的なコピー作法』はその「黄金の10年」を掬いとってみた記録です。日本の広告クリエイティ…
拙著『効果的なコピー作法』は、『ブレーン』誌に昭和37年(1962)10月号から同38年9月号まで、毎号1章ずつ連載されました。連載終了後ただちに12月15日刊行。第3刷までいったのかな。それから20年後の1983年4月30日に復刻されました。復刊本の末尾に、目…
いつか、お約束したとおもうのですが、45年前の1963年に上梓した『効果的なコピー作法』(誠文堂新光社)を、Web上で復元してみます。[はじめに]にも記していますが、当時は誠文堂新光社からでていた業界専門誌『ブレーン』誌に1年間連載したも…
『効果的なコピー作法』 1963.12.15発行 誠文堂新光社(左) 1983.4.30発行 誠文堂新光社(右) ■はじめに 第1章 ヘッドライン ■ヘッドラインの機能 ■注意をひく(1) (2) ■マス・オーディエンスの中から見込み客を選びだす(1) (2) ■読者をメイン・コピーにひき…
新書版の新著『クルマの広告』(仮題)の11月初旬をめざして上梓のあれこれをすすめていることは、すでにご報告しました。おもわぬ障碍が発生しました。「巻末解説」の形の11ページ分の原稿をCD渡しで指定どおりに仮組みしてもらったら、なんと、31…
DDB30周年(1979)シリーズは、とりあえず、これで終わります。バーンバックさんの基調スピーチから始めました。しめは、重役会会長兼チーフ・エグゼクティブ・オフィサー(取締役会長)のジョー・ダリー氏。この人はアカウント部---クライアントとの折衝部門育ち…
週末はアクセスが落ちるから、歯ごたえの強いのを。肩書きのVPに「エグゼクティブ」がついたら「取締役副社長」って意味。「エグゼクティブ」が2つもついてるからって尊敬する必要はないけど、やり手ってことはわかる。1960年代---ぼくがDDBに通ってたころは…
このシリーズ(11 昨日分)の前書きで、こんどの新書では帯のコピーまで書くことになった---と告白しました。で、夜中からこのブロクを手がけ、夜があけた06:20分からいつもの散歩に、傘をさして出かけました。歩きながら、いつもの癖で、帯のコピーをあれこ…
きのう(2008年9月17日)新著の原稿99%を版元へ渡しました。1%は帯の「売り文句」とカヴァーの折り返しの袖の「売り文句」と「プロフィール」。元コピーライターなんだから---ということで、編集部の仕事までやらされることに。売れなかったら、元コピ…
今朝の発見(私事メモですが、ご容赦)---一昨年の暮れに入れ替えた、複合プリンタ(エプソン・カラリオPM−A820)のスキャニングが5,000枚を越えた。このブログともう2つのブログのための作動。22ヶ月ほぼ660日で---。2万円をきる価格だったから、1枚4…
やっと、新書の著作が終わりました。今日から、ふだんのスケジュールに戻ります。新著にとりかかっていた8日間のおはげまし、ありがとうございました。とても力づけになりました。ほんとうは、かかりっきりではなく、1日に4,5時間もかけなかったんです。…
4日経過。220ページのうち、150ページ分できた。 いま、午前4時ちょっと前。 あと70ページ---と思い、寝過ごした。 「千里の途を行くものは、900里をもって半ばとす」 古人はいいことを言ってくれている。 30%を残して早くも、たるみがでて…
水曜日のたわごとご迷惑をおかけしているアーカイブの休載、失礼しています。 9月8日から、新書づくりにとりかかって、2日過ぎました。72歳の時に72冊目の編著書を出して以来、6年ぶりの著作ですが、 2日目から、カンが戻ってきはじめています。 作…
月曜日のお断り まことに不本意ながら、当ブログへの新規のテキストの書き込みを9月17日の連休あけまで 休載せざるをえなくなりました。 そのわけは、まったくの私事---新しい編著書の原稿を16日までに渡すことになったからです。 9日間、フルにかかり…
土・日曜日には、アクセス数が週日の3分の2とか、日によっては半減する。「休日ぐらいパソコンから離れたい」というクリエイターが少なくないらしい。そりゃあ、わかる。アイデア商売をしていると、24時間をそのためにあててるんだから−−−寝ても覚めてェ…
パーカー夫人は、DDB2人目か3人目のコピーライター。ぼくがDDBへ押しかけて、取材をはじめたとき、真っ先に認めてくれて、DDB制作のTV−CMを調達してくれたり、「ウェルカム・ホームパーティ」を催してクリエイターのキー・メンバーを招いて売り込んでく…
【DDB紹介[終末宣言]】とともに、米国から取り寄せていた各種の定期購読誌の契約を、一誌だけ残して打ち切った。残したのは『ニューヨーク』誌・・・・・・『ニューヨーカー』誌じゃなく。その『N.Y.』誌に載っていたのが、アウディFOXのこの広告。一見で「F…
もう、ご存じのように、きょうで5日目のこのシリーズは、1969年6月に創業30周年を迎えたDDBの記念特集号『DDBニュース』からの転載である。DDBが創造した偉大なキャンぺーン・・・VWビートルとエイビス・レンタカーを立ち上げたアートディレクターが、ヘルムー…
インタヴューの難物・・・・・この人は、テープ・レコーダが嫌いときているので、手こずった経験がある。いまなら、デジタル・ボイスレコーダを胸ポケットにして、気どらせないで記録できるのだろうが。とにかく、気むずかし屋さんなのだ。このインタヴューでも、…
ロイ・グレイス氏は、1986年にニューヨーク・アートディレクターズ・クラブから、「名誉の殿堂」入りという、アートディレクターとして最高ともいえる栄誉を受けた。日本人で受けたのは、記憶しているかぎり、デザイナーとして福田繁雄さん、田中一光さん、…
20年前に存在していた『日米コピーサービス』1979年9月25日(378号)から、転載している。第2回は、極端にインタヴュー嫌いのボブ・ゲイジ氏。DDBのクリエイターたちが尊敬してやまなかった創業以来のアートディレクターである。 ゲイジ氏の現役時代の仕…